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Play Time

映画の感想をポツポツ書くつもり。文はテキトー、情報も正確じゃない可能性あり。

「マネーボール」とザック・スナイダー

あー久々に良い映画見たなあ!心から良いと思える映画を見た。

元々は、「ソーシャル・ネットワーク」と「スティーブ・ジョブズ」の間にソーキンが脚本を手がけた映画ということで見たのに、いい意味で裏切られた。先述の二作と本作は、どれも現代の革命家の苦悩の物語だ。先述の二作は非道な革命家の話だったが、本作は違う。本作のビリーは人間関係で悩まない。無意識に人を見下したり、傷つけることもしない。ビリーは自分自身に苦しんでいる。自分が捨てきれない夢を、なんとか叶えようとあがいている。夢であり苦しみの種である野球と、真正面に向き合いながら、自分のビジョンを信じ続ける。
ビリー・ビーンは、マネーボール理論を採用し、野球界を変えた革命家かもしれない。しかし彼は、自分の夢のために有効そうな理論を武器にしただけで、中身は足掻き続ける凡人なのだ。

ジョナ・ヒルが最後に見せた映像が、もう本当に見るのが辛くて辛くて….
あんな丸っこい選手、誰でも笑ってしまう。コロコロしてて、あの格好じゃエラーして転んでも、愛嬌があるからファンからは許されるかもしれない。でも、それは彼がかつて憧れた野球選手の姿ではないだろう。そんな彼が、ヒットを打って出塁する。焦る彼は転ぶ。通り過ぎた一塁ベースに、這いつくばって進む。見るに耐えないくらい惨めである。しかし、実は彼はホームランを打っていたのだ。彼はチームから祝福される。みんなとハイタッチする彼を見るビリーの目!
野球で夢を見ていた彼は、何度も野球にその夢を潰されたきた。それでも、野球にまた夢を見出して、また挑んでしまう。日本版のコピー「あきらめるな、挑戦を」である。夢の力は、人の一生を振り回すほどに強烈なのだ。

この映画でもう一つ大事なのが「信じること」だが、それを強く意識させられたシーンがある。シーズン初期、マネーボール理論がうまく機能せず、チームが敗北を重ね続ける。そこにテレビの解説ナレーションが入る。「なぜこんなに負け続けるのか。監督は悪くない。悪いのはスカウトのビリー・ビーンだ。彼はクビにしたほうがいい」テレビの心無い批判に傷つくブラピの姿が、ネットでボコボコにされている監督を想起させる。ザック・スナイダーである。
ノーランに「君がスーパーマンを撮ってみたらどうだい」と言われ、「マン・オブ・スティール」を撮るも、評判はイマイチ。売れたことは売れたので続編も決定。MCUの成功に続いて、「バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生」の準備中に、DCもDCEUの製作を企画する。リーダーはもちろんザックだ。BvSは、これまたバッシングの嵐。DCEUからのザックの撤退を求めて、ツイッターではSnyder-freeという運動まで出てきた。
もう可哀想で仕方なかった。確かに僕は「マン・オブ・スティール」は好きじゃないけど、「バットマンvsスーパーマン」は大好きだ。あんなアンバランスな怪作は初めて見た。前半は、スーパーマンの活躍により被害を受ける人がいるという事実、コラテラルダメージを主軸に、ポリティカルサスペンスのような空気(かなり雑ではあるが)
も混ぜつつストーリーを進めてゆく。そして後半は、今まで積み上げてきた真面目(そう)な雰囲気をぶち壊し、ひたすら超人アクションでゴリ押し。しかも、スーパーマンの映画なのに、一番愛のある撮り方をしているのはバットマンなのだ。色々とおかしいのに、この映画には強烈な魅力がある。
ただ、この映画を嫌う人もいるのはわかる。そういう人が「監督やめろ」と言うのだろう。プロの仕事ゆえ、一般人から批判などが飛んでくるのは当たり前だ。ザックだって、その覚悟を持って仕事をしているはずだ。それでも、彼にはBvSによる一連のザックヘイト運動は辛かったと思う。だからこそ、彼が「ジャスティス・リーグ」のティザーを出した時は、本当に嬉しかった。

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マチズモ全開のロック音楽、ノーランの空気はどこへやらのバリバリCG、青みがかった暗い映像。とことんブレてない!揺るぎない自信を持つ人間はかっこいい。
確かに、「アントマン」公開前に「僕たちの作ってる映画は神話なんだ」とマーベルにデカい喧嘩を売ったりもした。つまり、それだけ自信があったんだろう。その自信の結果もズタボロに酷評されてラジー賞で三冠もとって、彼落ち込んでないかなあ、と心配していたのだけれど、全く懲りてなかったね。安心した。

 

監督といえば、ベネット・ミラーについても書きたい。
だいぶん前に「カポーティ」を見て、時間を空けて「フォックスキャッチャー」を見た。どちらも好きな映画だ。この二作が好きということもあって、なかなか本作には手を出せなかった。本作はかなり空気が違うから。
この二作の魅力は、ねじれた人間関係だと思ってる。死刑囚の中に自分を見出す作家、金で雇った親友、「アメリカ」に取り憑かれた富豪…ネチネチドロドロ、陰鬱かつホモチックで閉鎖的。この独特なダークな空気と人間関係のこじれこそ、ベネット・ミラーの武器だと思っていたから、本作の予告編に驚いたものだ。

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まず前提として、この予告編のやっつけ仕事っぷりはまあまあ酷いと思うんだけど、この予告編を見る限り、コミカルであり、真摯な人間ドラマのようでもある。「カポーティ」を撮った監督が、コメディ調に走ることは無いことは予想がついた。しかしまた、ベネット・ミラーに、情熱や夢といったポジティブな感情を、エモーショナルに撮れるのかも疑問だった。ようは、ベネット・ミラーとこの題材の相性が良いのかどうか、不安だったのだ。

この不安は当たっていたと思う。「カポーティ」のラストのような強烈な哀愁もなく、「フォックスキャッチャー」のような、狂気のスパイラルに陥る二人の背徳感もない。やっぱり彼は、情熱を映せる監督ではないと思う。
じゃあ何を撮れるのか。それは多分、哀しい人々だ。情熱ではなく、夢を追いかけ続けるしかない人の哀しさである。だから、小さい娘が無邪気に歌う歌詞は、最後だけ手を加えられている。You’re such a looser, dad. Just enjoy the show. この歌詞はオリジナルには無かった。
娘にとっては、野球などただのスポーツである。しかし、ビリーにとっては「ただの」では済まされない、野球こそが人生だ。他人にはこの情熱はわからない。他人には理解できないほど、情熱を注ぎ、それに苦しむ人の姿は、どこか哀しいのだ。

 

 

どうでもいいけど、「ジャスティス・リーグ」が成功した暁には、ベネット・ミラーザック・スナイダーの伝記映画を撮ってほしいものだ。

「スティーブ・ジョブズ」と「ソーシャル・ネットワーク」

ダニー・ボイルの「スティーブ・ジョブズ」を見た。

スティーブ・ジョブズ」と「ソーシャル・ネットワーク」のネタバレあり。

アーロン・ソーキンが脚本を書くという話、クリスチャン・ベールのはずがマイケル・ファスベンダーに主演が変更した話も覚えているが、印象的だったのは初出の映像であるティザー予告だ。

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拍手喝采を浴びるジョブズと、彼を神妙な面持ちで見つめる三人のパートナー。特に気に入っているのは、セス・ローゲン演じるウォズニアックだ。会場中がジョブズを褒め称える中で、俯くことしかできない彼の姿がもの寂しい。
この感じ、厄介な天才に振り回されながらも彼を見つめる、この視線が好きだった。嬉しかったのは、この視線が本編にもあったことだ。本編ラスト、ガレージ時代のジョブズに名前を呼ばれるカットを挟みつつの、あのウォズの表情が切ない。反対に、ジョブズを包む拍手は、家族として新しく歩み始めるリサとジョブズを温かく祝福しているようで、「ソーシャル・ネットワーク」とは正反対のハッピーエンディングということもあって、イイ話だ〜!って感動する。

名脚本家として有名なソーキンだが、元々は演劇界で活躍していた。「スティーブ・ジョブズ」のコメンタリーで面白いやりとりがあった。
第三幕のジョブズジョアンナが会話するシーン。画面右にジョブズが、左にジョアンナが配置されていたが、次のカットでカメラが反対側に回り、二人の位置関係も反対になった。その時、編集のエリオット・グレアムが「今、想定線を越えたね」と言うとソーキンは「想定線ってなに? 教えてくれる?」と尋ねた。
つまり、ソーキンは映画への意識はあまり無く、あくまで演劇にも応用のきく脚本を書いていると推測できる。
また、このコメンタリーで面白いのはグレアムとソーキンの微妙なズレだ。見解のズレというより、それぞれの担っている作業が目指すものの違いだ。ソーキンは俳優の演技を最大限信じようとし、グレアムは映画内のリズムや勢いを重視する。
例えば第一幕。ジョアンナがジョブズに「あんなパソコンは売れない」と言うと「みんながMacを待っているんだ」と返す。するとそこに、会場に入場する観客の数カットが挿入される。ソーキン曰く、このカットは脚本には無かったそうで、グレアムはここは「勢い」をつけるために挿入したと答えている。他にも、オープニングクレジット。アーサー・C・クラークがパソコンの未来について語る実際の映像が、クレジットとともに流れる。ここに関してグレアムは、脚本の始まり方が唐突なので、その前にワンクッション欲しかったと答えている。一方でソーキンは、観客を冒頭から物語の世界に引き込むために、この始め方にしたと言っている。

俳優が演技する以外の映像は、基本的にダニー・ボイルやグレアムの発想によるものだ。OP、会場のショット、ボブディランの歌詞、スカイラブ等々。ソーキンの会話劇をポップに見せる見せ方が、いかにもボイルっぽくて好き。

同じくソーキンが脚本を担当した「ソーシャル・ネットワーク」と比べてみると、OP一つとってみても演出の違いが大きい。
ボイルは会話劇の前にワンクッション入れたが、フィンチャーはコロンビアのロゴに会話をオーバーラップさせる。また、幕ごとの始まりのナレーションや文字情報の見せ方。ボイルは凝った編集とカラフルな画面で観客を飽きさせないが、フィンチャーは「オックスフォード 秋」と字幕をポーンと放り込むだけだ。
どちらが良い悪いかは別として、ソーキンの脚本をいかに映像化するのかという方針の違いが明確に現れていると思う。

親友との決別のシーンの違いも書いておきたい。
スティーブ・ジョブズ」では、第三幕のウォズとの論戦。「ソーシャルネットワーク」では、エドゥアルドが激昂する場面。二つとも緊迫感溢れる中、最低な主人公が友人に怒りをぶつけられて困惑するシーンだ。だが、二つのシーンの持つテンションは大きく違う。
ソーシャル・ネットワーク」におけるそのシーンで言葉を発するのは三人。エドゥアルド、マーク、ショーン・パーカーだ。この一連のシーンは六つのカメラによる映像でできている。三人全員、手前マークに奥エドゥアルド、手前エドゥアルドに奥ショーン、手前エドゥアルドに奥マーク、ショーンのみ、エドゥアルドのみ。

一方「スティーブ・ジョブズ」で発話者は、ジョブズ、ウォズニアック、カニンガムの三人だ。しかし、彼らを写すカメラはあまりに多い。数えてみると、ウォズを写すカメラが特に多い。正面からはバスト、全身、右前方向からは顔のアップ、バスト、全身の三つ。まとまってない。

個人的な感覚によるものかもしれないが、この対ウォズのシーンには緊迫感が無いというか、ジリジリ追い詰められる感じがしないのだ。とっ散らかった感じ。
まあそれは当然といえば当然で、なぜならこの第三幕におけるジョブズの問題はリサとの仲直りだからだ。このウォズとの論戦にはあまり力を入れてなかったのかも。
カメラの数が多すぎて散漫な印象を受けるこのシーンだけど、幕ごとの大事なシーンは迫力があってどれも好き。特にスカイラブのシーンがいい。アップル復活作戦を打ち明けるジョブズとそれを聞くジョアンナの二人を写したまま、カメラがガーッと引いていって、ジョブズの「でもアップルはこの技術を欲しがる」という言葉で二人の顔のアップが映る。最後に、頭をこっつんするジョアンナを引いたカメラが映す。この時の安心感といったらない。音楽も非常にいい。

音楽といえば、音楽担当であるダニエル・ペンバートンは今作でゴールデングローブにノミネートされている。リサの初Macペイント、スカイラブのシーンの音楽が好きだ。

劇伴とは別にラストの曲、The Maccabeesの「Grew up at Midnight」。もちろんダニー・ボイルによる選曲なのだろうが、この絶妙な感じ。どういっていいかわからないけど、インディーズなんだけどクセは強くなく、むしろメジャー寄り、でもメジャーほどキャッチーじゃない。本当にブレないなあ。監督の新作である「T2 トレインスポッティング」にもWolf Aliceの「Silk」という曲がエンディングに流れるらしいのだが、テイストがそっくり!

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しかし好みでいうと、やっぱり「ソーシャル・ネットワーク」なんだよなー。音楽を担当したNINのトレント・レズナーアッティカス・ロスは、この作品でアカデミー賞作曲賞を獲っている。賞を獲ったから、というわけじゃなくて、この映画の劇伴がめちゃくちゃ好き。序盤のハッキングの一連のシーンが最高に楽しいのだけど、あの軽快さは編集もそうだが、音楽によるものが大きいと思う。

話がブレブレだけど結局言いたいのは、「スティーブ・ジョブズ」は面白くて大好きだけど、それ以上に「ソーシャル・ネットワーク」の方が好きだということ。

 

ここで何を書くか

このブログをやる理由は、映画の感想をスマホで書くのが面倒くさいからだ。心に響かなかった映画の感想は、「つまらんかった」と打てばいいので楽だが、最高に面白かったり色々書きたいことがあると、スマホの小さい画面では書きづらくてしょうがない。そこでパソコンの出番というわけ。

基本、スマホで書くには長い感想を書きたくなったときに使うことにしようと思う。

 

人目を気にし始めると労力を使うので、書きたいように自由に書いていきたい。だが、ネットに書いていく以上、人目は避けられないわけで、そもそもブログという形で書こうとしたのだから、誰かに見られたいという気持ちも少なからずある。いや、大いにある。なので、できるだけのびのびと、かつ変なところで炎上しないように気をつけたい。もちろん、バズればそれに越したことはないが、まずは自分の記事を五人くらい読んでくれれば嬉しい。